「確率論」について ー 「皇室典範に関する有識者会議 報告書 」(平成17年11月24日)に関する引用
Ⅲ. 安定的で望ましい皇位継承のための方策
1皇位継承資格
(2)男系継承維持の条件と社会の変化
男系による継承は、基本的には、歴代の天皇・皇族男子から必ず男子が誕生することを
前提にして初めて成り立つものである。
過去において、長期間これが維持されてきた背景としては、まず、非嫡系による皇位継承が
広く認められていたことが挙げられる。これが男系継承の上で大きな役割を果たしてきたことは、
歴代天皇の半数近くが非嫡系であったことにも示されている。また、若年での結婚が一般的で、
皇室においても傾向としては出生数が多かったことも重要な条件の一つと考えられる。
このような条件は、明治典範時代までは維持されており、制度上、非嫡出子も皇位継承資格を
有することとされていたほか、戦前の皇室においては、社会全般と同様、一般に出生数も
多かったことが認められる。
しかしながら、昭和22年に現行典範が制定されたとき、まず、社会倫理等の観点から、
皇位継承資格を有するのは嫡出子に限られ、制約の厳しい制度となった。実際に、現行典範の
制定の際の帝国議会では、皇籍離脱の範囲を拡大するとともに、非嫡出子を認めないこととすれば、
皇統の維持に不安が生じかねないため、女性天皇を可能とすべきではないかとの指摘もあった。
近年、我が国社会では急速に少子化が進んでおり、現行典範が制定された昭和20年代前半には
4を超えていた合計特殊出生率(一人の女性が、一生の間に産む子供の数)が、平成16年には
1.29まで低下している。皇室における出生動向については、必ずしも、社会の動向がそのまま
当てはまるわけではない。しかし、社会の少子化の大きな要因の一つとされている晩婚化は、
女性の高学歴化、就業率の上昇や結婚観の変化等を背景とするものであり、一般社会から配偶者を
迎えるとするならば、社会の出生動向は皇室とも無関係ではあり得ない〔参考14〕。
戦前、皇太子当時の大正天皇が結婚された時のご年齢が20歳、その時点で妃殿下が15歳、
昭和天皇のご成婚時(同じく皇太子当時)には、それぞれ22歳と20歳であったことを考えると、
状況の変化は明らかである。現に、明治天皇以降の天皇及び天皇直系の皇族男子のうち、
大正時代までにお生まれになった方については、お子様(成人に達した方に限る。)の数は
非嫡出子を含め平均3.3方であるのに対し、昭和に入ってお生まれになった方については、
お子様の数は現時点で平均1.6方となっている。
男子・女子の出生比率を半分とすると、平均的には、一組の夫婦からの出生数が2人を下回れば、
男系男子の数は世代を追うごとに減少し続けることとなる(注)。実際には、平均的な姿以上に
早く男系男子が不在となる可能性もあれば、逆に男子がより多く誕生する可能性もあるが、
このような偶然性に左右される制度は、安定的なものということはできない。
このような状況を直視するならば、今後、男系男子の皇位継承資格者が各世代において存在し、
皇位が安定的に継承されていくことは極めて困難になっていると判断せざるを得ない。これは、
歴史的に男系継承を支えてきた条件が、国民の倫理意識や出産をめぐる社会動向の変化などにより
失われてきていることを示すものであり、こうした社会の変化を見据えて、皇位継承の在り方は
いかにあるべきかを考察する必要がある。
(注)試みに、仮に現世代に5人の男系男子が存在するとして、現在の社会の平均的な出生率
(平成16年合計特殊出生率1.29)を前提に、将来世代の男系男子の数を確率的に計算してみると、
男子・女子の出生の確率をそれぞれ2分の1とすれば、子の世代では3.23人、孫の世代では
2.08人、曾孫の世代では1.34人と、急速な減少が見込まれる(出生率を1.5としても、
曾孫の世代では2.11人となる。)。
【谷田川先生への再反論 各項目へのリンク】
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1.経緯
2.「確率論」について
引用(有識者会議報告書抜粋)
考察(皇子女数 一覧表)
3.「フランス王室論」について
引用(参考文献より)
4.「現代医学論」について
5.まとめ